2019年4月7日日曜日

たったひとつのこと

新著が6月に上梓される予定です。「影響力の法則」の入門編です。
影響力の法則を翻訳してから12年。おかげさまで、コンサルティングや研修、実践を通じて、現場の課題を学んできました。
その経験をフィードバックして、みなさんのビジネスや地域活動に役立てていただこうというものです。

まわりをうまく巻き込んで、ラクに仕事している人たちには、共通して取り組んでいることがあります。それもたったひとつです。

これまで仕事したことがない人、うまくいかなくなってしまった人、無理を頼まねければならない時、そんなときに、彼らがしているたったひとつのこと。
それは、「交換の起動」です。

多くの人たちは、交換の流れができるのを待っています。誰かが動くのをみて、それに反応する形で交換を始めている。対して彼らは、こちらから交換を仕掛けていきます。
うまくいかない時は、交換が滞っているものです。馴れ合いになっている夫婦を(夫婦でなくても友人関係でも、顧客との間でも)想像してみてください。出会った頃にはあんなに目を見つめあっていたりしていたのに、今では返事も上の空(あくまでも想像です)です。こんなとき、誕生日を夫が覚えているかどうか、試してみたくなったりします。
これは同僚やお客様との間でも同様のことが起こります。これまでの経緯があればなおさらです。

でも、人を巻き込める人は、交換を起動する。
この違いが大きいんです。

「交換の起動」が、今回のテーマです。
起動する考え方と方法も書きました。
日本中で交換が起動されれば、イノベーションが促されるはずです!

乞うご期待!
よろしくお願いいたします!

2018年12月14日金曜日

みんながやっているから。

ベトナムのマネジャーたちにチームマネジメントの研修を行い、その反応ぶりに感心したのは今年の夏。現地の社長から目に見えて組織の効果が向上したと聞き、いくらかは役立てただろうと喜んでいます。

それ以上に日本のマネジャーのことが心配。
彼の国ではみんな習ったことを早速実践し、試行錯誤して自分のものにしていきます。この夏、昨年からの進展ぶりに驚いたものです。
それに対して、日本のマネジャーで研修で聞いた話をすぐに実践する人は、必ずしも多くないんですよ。ベトナムよりもずっと少ない。
たとえ権威のある先生の話でも、日本のマネジャーは鵜呑みにしません。人事で研修を仕切っていた時に見てきた経験からはそう思います。例えば、ある大学教授から「みんな(マネジャーたち)が真剣に学ばない」とクレームがあって、研究室に作戦を立てに行ったことがあります。

変化の閾値はどの辺りでしょう。
研修内容の良し悪しを判断してなのか…。あまり関係ないかもしれません。
私の感覚では「同僚の3分の1ぐらいが何かやっている」と察知した時に、ようやくざわざわしてきて、半分ぐらいになると突然変わる。そんな感じです。みんなが動くまでは待っているんです。結果動き出しが遅い。(変化が遅いのは企業が社員研修、特に管理職に研修の投資をしない理由になっている)日本の多くのマネジャーにとって学びの最大の動機は、みんながやるから!?

ベトナムのマネジャーたちは、変化を起こすために学びが必要だからと考えています。でも日本では、みんながやるからやる、という人が多い。

それゆえに、現場に変化を起こしたいと考える講師にも「影響力の法則」が必要なんです。影響力を発揮して行動に移させなければなりません。そのとき役立つカレンシーは、「みんなやっていますよ」だったりします。実際、そう言っている人は多いと思います。


ベトナムからは来年もやって、と依頼されています。来年もベトナムは楽しみだな。でもきっと日本のことがもっと心配になるだろうな。

注 変化の閾値は、個人差、会社による個体差、その状況による差があります。研修がつまらないこともあります。

2018年12月12日水曜日

求めること

影響力を発揮できるかどうかは、そもそも求めるもの、求めることが明確であるのが前提です。不明確なときは、影響力もどこかインパクトが弱いままです。

ある会社のマネジャーたちと話していて、多くが部下に何を求めたいのかはっきりしていない。漫然と部下が努力することを要求している。おそらく部下は、何かよく分からなくて混乱している。これでは、上司は部下に地位の力を誇示しているだけ、と言われても仕方ありません。ひどいときは、パワハラになってしまう。

今、ビジネスの環境は厳しさを増しているから、組織はより戦略的でなければなりません。そのなかで、上司は過去の延長線上にない取り組みを、部下に求めているはずです。その方向性が示されなければ、影響力は発揮されない。これは、お客に対しても同じこと。これまでの取引を越えた取り組みを求めるから、影響力が必要なんです。

誰に何を求めますか?

2018年11月29日木曜日

「文句も言うけど、仕事はこなすね」

 昨日の新聞記事です。37歳まで浪人で、妻の失業を機に初めて就職。その後上場企業の役員になったという、シンデレラストーリーならぬ、失礼ながら浪人物語です。

 私が注目したのは、社長から言われたひと言です。

 「おまえは文句も言うけど、やるべき仕事はこなすね」

 「文句」が何を指しているかわからないですが、おそらく「正論」でしょう。この人は正しいことを言うのだと思います。でもいうだけではない。みんながやりたがらない仕事で利益を出すなど、会社との約束を果たしてきた。だから、信頼された。

 会社員のなかには、「正論」はいうけれども、いざというときにやらない人がいる。なかにはそのまま社長になってしまう人もいる。でもこの人は、先入観がない分自由に動き回ってきたのでしょう。

 これは見事な交換だと思いました。


2018年11月21日水曜日

リーダーの不正

 日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏が、東京地検特捜部に逮捕されました。私も自動車業界にいたので、彼のリーダーシップには大いに関心を寄せており、思わぬ結末に驚いています。つい先週も、某所で(久しぶりに)ゴーン氏のリーダーシップについて考察を述べてきたばかりで、私の話の説得力も失われたことでしょう。残念‥

 事実はこれから明るみになると期待しますので言及しませんが、今思うことを少しだけ。それは、ゴーン氏が強欲だといったように彼のパーソナリティに原因を帰属するのは、ちょっと違うなと。

 彼が過去20年間で会社に数兆円の利益をもたらしたリーダーであるという事実は否定できません。会社は販売台数を2倍以上に拡大、売上げも、従業員数も大きく増やしています。彼のリーダーシップのおかげで、ステークホルダーは多くの利益を得られた。労働組合だって数年間満額賃上げを得てきたのです。

 でも私はここに落とし穴があると思います。本人は自分の成果が、ステークホルダーに利益をもたらしてきたと自負しているはずです。多くの関係者に「私はカレンシーを渡してきた」と、おそらく部外者が考える以上に強く感じていたはずです。だとしたら、「私は多くのリターンを得るべきである」と考えるのは自然です。交換の法則が働くからです。そこに、耳元で都合のよいことをささやく“側近”(アメリカ人の代表取締役?)が現れると、良心など簡単に吹っ飛んでしまう。「与えてきたんだから、自由にさせてくれてもいいじゃないか」という奢りがでてくる。

 古典を見ると、成功したリーダーは堕落して死ぬか、国王に殺されるかのどちらかが多いですね。リーダーシップ研究の第一人者ロナルド・ハイフェッツは、リーダーはよいことをしたら、適当なタイミングでその座を降りなければならない、さもなければ殺されると言っています。(今回の場合、社会的に抹殺されるということになるのでしょうか)

 成功自体がリーダーの罠なんだと、あらためて感じます。でも進まなければならない。リーダーシップが旅に喩えられるのは、こういうジレンマにいつも直面するからなのでしょう。

2018年9月11日火曜日

パワハラのネガティブな結末

 先日ある会社のマネジャーたちにインタビューする機会がありました。その会社は決して年功序列、というわけではなく、力があれば若くしてマネジャーになれます。なかなかの人物たちに会えたのは収穫でした。

 ところが、相次いで聞かされた彼らの苦労話には、改めて考えさせられました。それは「年上の錆びついたマネジャー」のことです。業績不振はもちろんのこと、上司に報告・相談しない、勝手に決める、お客の話を聞かない、嘘をつく、など“問題行動”も枚挙にいとまがありません。彼らの仕事が期待を大きく下まわっているので、上司は彼らの仕事を代わってやっている。彼らが帰宅したあとも、上司たちはその仕事をやり直しているというのです。マネジャーたちは疲れ切っていました。

 何が原因でそんなことになっているのでしょう。もちろん長年上司やお客さん任せの仕事をしてきたから、スキルも期待された水準ではないと思います。失敗するぐらいだったらやらない、と考えているようでもあります。そんななかで、上司のパワハラがきっかけになっていたケースがありました。結果が出ないこと、すっぽかしなどを上司から罵倒され続けたというのです。それ以来、心を閉ざすようになったと思う、と深刻に語るマネジャーの話を聞き、私は「ああ、ネガティブなカレンシーの蓄積は、次世代まで続くんだな」と感慨深い思いをしました。やはりそうなんだなって。

 パワハラはネガティブなカレンシーになります。その帳尻を合わせるのには、当事者はネガティブなカレンシーで返すしかない。大きなカレンシーに対してはいつまでもネガティブか、あるいは大きなネガティブカレンシーで返すことになります。前者の場合は、これが末代まで続く(んじゃないか)と思うほど、長く続くこともあります(中東地域の緊張関係は旧約聖書のころから、つまり2000年以上続いています)。

 このケースの場合は、サボタージュや低業績という形で、ネガティブカレンシーを会社に返しているということでしょう。これがあと10年続くと思ったら、マネジャーとしては穏やかではありません。
 会社にとっても悪い影響はおよぶはず。もしパワハラ被害者が大勢いる組織だったらどうなるでしょう。将来にわたって、業績が低下していくのが想像できます。

 パワハラをやめるのは、将来への備えという面もある、そう確信しました。即やめましょう!

2018年9月4日火曜日

ハイチとドミニカ、2つの国の大きな違い

 ジャレド・ダイヤモンド著「ひとつの島はなぜ豊かな国と貧しい国にわかれたか」(2010, 『歴史は実験できるのか』慶應義塾大学出版局2018所収)はおもしろかった。2つの国とはハイチとドミニカです。
 写真を見てください。
左右のどちらに緑が多いか、右でしょう?右がドミニカ、左がハイチです。ご存じのようにハイチは世界最貧国のひとつです(ひとりあたりGDPは820ドル)。国家は水、電気、下水処理、教育といった基本的なサービスを国民に提供できません。東日本大震災の前年、ハイチも大地震に見舞われましたが、政府機関の建物の多くが倒壊したために、未だに復旧ほど遠い状態です。対してドミニカは、まだ発展途上にあるとは言え(ひとりあたりGDPは5900ドル)、ひとりあたりの平均収入はハイチの6倍。アボカドの生産は世界第3位。森林の28%が保存されており、世界で最も自然保護が進んだ国のひとつだそうです。驚きました。野球が盛んでメジャーリーガーを多く輩出しています。
 両国を比較すると、人口はどちらも1000万人強とそれほど違いませんが、ハイチの労働者の数はドミニカの五分の一、車の保有台数も五分の一、高等教育を受けた国民七分の一、医者の数は八分の一、ひとりあたりの医療費は十七分の一、エイズやマラリアの罹患者数はハイチが数倍多いなど、大きな差がついています。
 19世紀まではむしろハイチの方が豊かでした。ハイチがドミニカを支配していたときもあります。ところが、フランス、イギリスの植民地から解放されたあとが異なります。20世紀、どちらの国も独裁者が支配します。ドミニカの支配者は、実は強欲で自分の私腹を肥やすことにしか興味がありませんでした、財産を殖やすためなら、ためならどんな手段でもとります。海外からの助言や投資を拒むこともありませんでした。そのなかに、森林資源を勝手に荒らされないための取り組みもありました。スウェーデンから森林保護の専門家を招いてさえいます。森林資源をコントロールするためです。明らかに自分の利益のため。でもこういうことが結果的にはよかったんですね。ドミニカの国民福祉は世界の平均よりは下回っているかもしれないけれども、最悪ではない。対してハイチの独裁者は、無制限に開発を許してしまいます。それで国土が一面丸坊主になってしまった。結果、洪水は起こる、高潮にやられるなど、大きな自然災害の問題が今でも続いているのだそうです。国民はずっと苦難を強いられています。
 もともとどちらの国も奴隷貿易の中継地点でしたが、ハイチの方が奴隷貿易では稼いでいました。それがハイチの不幸です。宗主国のフランスが撤退したあと、無法地帯になってしまいます。英語やフランス語を話せる人も少ない(独自のクオール語が発展)。そのうえ、植民地時代に何度もヨーロッパ人に騙されてきたという思いがあるために、海外からの投資や助言を受け入れなかった。
 言葉の問題、歴史的な経緯から、海外からの「影響を受けなかった」ことが、結果的に国土を荒廃させ、国民を貧しくしてきたハイチ。現在では産業もなく国際社会での影響力は気の毒なほど弱くなっています。対して私利私欲のためとはいえ、外部からの影響を受けてきたドミニカ。少なくともベースボールの世界では超一流、影響力を獲得してきたようです。両者の関係は200年を経て逆転、さらに拡大しています。
 関係構築にかたくなな姿勢は、結局繁栄にはつながらないようです。興味深いところです。