2017年12月12日火曜日

専門家のプライド2

 人事マネジャーの方には、ステークホルダーを特定するようにアドバイスしました。このケース、「働き方改革」を進める上で、新しい人事制度の導入は必須です。これまでの長時間勤務を前提としたマネジメントでは、優秀な人材を惹きつけることは困難です。新制度の導入は、実質的に役員会で決まります。それには営業本部長(常務執行役員)の同意が欠かせません。しかし、現状で同意を得るのは難しそうです。本部長ははっきりと反対の姿勢を示しました。

 目標は、新制度の導入に役員会の同意を得ることです。ここではまず営業本部長の同意をめざしましょう。本部長は新制度のユーザーであり決定を左右する力を持つ関係部門のトップです。導入の重要なステークホルダーです。他のステークホルダーとしては、

 社長     スポンサー
 管理本部長  上司
 他の役員   関係部門のマネジャー

 役員会にはこのような重要なステークホルダーが顔を揃えます。しかし、「これらのステークホルダーに影響をおよぼすステークホルダー」がいることを忘れてはいけません。

 OB     かつてGMやJALの経営再建の際、退職者の同意が必要だったことがありました。その場合は企業年金の削減が課題だったわけですが。
 従業員   ユーザー
 他にも、労働基準監督署や契約社会保険労務士、弁護士など関係してくると思われます。でもこのような外部の人たちはいったん置いておいて、従業員とOBのことを考えてみましょう。

 長時間労働の否定は、従業員にとって負担軽減という利点があります。家族との時間を増やせるかもしれない。新しいことにチャレンジするチャンスかも。そのような可能性がひろがるところが、大きな利点です。
 しかし、ネガティブな側面もあります。これまで慣れてきた仕事の仕方を変えるのは、努力が要りそうです。実際、残業しなくなった分、夜の街を徘徊しているサラリーマンが増えているといわれています。習慣はそう簡単には変えられないのです。
 もっと大きいのは、お客との関係です。これまででも時間が足りなかったのに、客先を訪ねる時間をどうやって作ったらいいのでしょうか。ライバルに出し抜かれてしまえば、取引先を失うかもしれません。そして、実際的なこととして、残業代は減ることになるのです。
 実はOBも同じです。これまでの働き方を否定されたと思って、後輩に不満を言ってくるものもあるでしょう。そんなOBの愚痴が、現役に不安を感じさせるかもしれません。とはいえ、OBの影響は格段に小さくなっているはず。こちらも、「あるかもしれない」ぐらいでよいでしょう。

 問題は、従業員です。おそらく営業本部長は、そのような部下たちの不安を感じています。いってみれば、本部長の反対は、部下を代弁している部分も少なからずあるはずです。経営幹部とはいっても、実際の業務を動かしているのは部下の多くの従業員です。彼らが納得しなければ、現場は優れたパフォーマンスを発揮しない。優れた幹部はそのことをよく知っています。だから部下たちから強い影響を受けているといっていい。

 この会社の場合は、営業部門の強さで会社が成長したのです。営業には長く培ったノウハウが蓄積されています。ここの営業担当者は専門家としてのプライドがあります。そのような部下たちのプライドを理解している本社スタッフの話でなければ、聞く気にもなりません。本部長自身がそんな専門家のトップなのですから。

 人事マネジャーに耳打ちしたのは、次のようなカレンシーを使うことでした。
①営業が会社を発展させてきたという功績を認め、感謝する
②これまでの営業の苦労に耳を傾ける
③現場を預かる本部長が、部下の気持ちに配慮していることに敬意を示す
④しかし、これから人手不足となり、同じようにはできなくなっている。今こそ変えるチャンスだと訴える
⑤必ず、部下たちは感謝してくれると太鼓判を押す
⑥人事マネジャーが自ら現場に説明する、と約束する
⑦問題が起きたときは、必要なサポートをすると約束する
⑧他に懸念がありそうだったら、よく聞く

 果たしてこのケース、営業本部長は次回の役員会で反対せず、新しい制度は役員会で同意が得られ導入されることになりました。やはり、本部長の懸念は部下たちが誇りを失い、風土が荒れてしまい、業績が低下することだったのです。

 どんなに優れたプログラムでも、懸念を感じている人は導入を反対します。その懸念に耳を傾けようともしない人の提案が、よいとわかっていても同意することはできません。逆に、理解されたとたんにあなたの協力者になるかもしれない。人の心は面白いものです。

 あなたのプロジェクトに、もし反対者がいたら、その周囲の人たちのことも考えましょう。カレンシーを見つけるチャンスがあるかもしれないのですから。

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