2017年12月20日水曜日

ある運転士の影響力

 東海道山陽新幹線の台車破断事件は、ひとつまちがえば脱線につながっていたとわかり、衝撃を与えています。異音や異臭に気づいていたのに、小倉から名古屋まで走行させてこと、乗務員は新大阪で引き継ぎをする際に(JR西日本からJR東海に替わる)異常なしと伝えていたことなど、何が起こっていたかがわかってきました。異常が検知されてから走行続行を判断したのは、「保全担当の社員、車掌、指令」であったと報道されています。

 この報道を見て、思い出したことがあります。かなり以前に別の鉄道運輸会社の方に伺ったお話です。鉄道の現場では安全運行のために一定部分は自動化が進んでおり、例えば運行停止装置があり、事故があれば自動的に停止するようになっている。でも多くは運転士、車掌がいる列車の現場と、現場から離れた場所にいる指令が連携し動かしているのだそうです。200km/h超で走る特急列車の運転士の経験者は、非常に視野が狭まるので極度の緊張感にさらされると打ち明けてくれました。ですから、今回のような異常があっても、運転士が走行可否の判断に加わっていないのは不思議ではないと思います。

 その会社ではトラブルがあった場合の現場での判断のほとんどは、指令が出しているそうです。指令本部に情報を集めて決める、つまりトップダウンです。何かの事故があったとき指令にあがってくるデータと車掌からの情報で判断するというのです。それを聞いて、ああ何時間も列車に閉じ込められてしまう人が出るのは無理もない、と思いました。現場を見ているわけでもない指令が、伝え聞いた限られた情報だけで判断するわけです。情報の断片を集めるのに時間がかかり、安全のリスクを下げようと様々な可能性を検討するのにまた時間がかかる。鉄道会社は安全を第一義としており、それがくまなく徹底していますから、より安全な措置をとるべく時間をかけているのを、とても遅いとかなんとか文句を言うのは気の毒だ、と思ったものです。

 ところがそこに面白い運転士がいました。彼らとの懇親会の席で、ある指令とその運転士が、「初めまして、ああ、あなたが・・・」などと言っている。長いキャリアの中で、運転士と指令はほとんど会うことがないのですね。そこでその指令が言うのには、その運転士に何度も救われていると言う。それは現場から上がってくる情報が、非常に正確で緻密、それも運行システムにかなった情報なので、早くよい判断ができる。おかげで事故やトラブルがあっても、その運転士が現場にいたために何度も早期復旧にこぎ着けることができたのだ、という話です。そんなことは、どこでも起こっているのかと思ったら、とても珍しいのだそうです。

 何が違うのか。今度は運転士に聞いてみると、彼は本当に鉄道が好きな男で、運転士になった。けれどもそれに飽き足らず、会社の運行方針やさらには運転士にはそこまで求められていないレベルの運行システムの知識まで独学で勉強した。どこがどうなると、列車が動かせない、何をしたら安全に問題がないなど、広範な地域の路線の多くを頭の中にたたき込んでいる、と明かしてくれたのです。だから、安全な運行の復旧に何が必要かはかなりの部分を理解しているのだそうです。

 その彼から指令に上がる情報は、他の運転士、車掌とは違う、判断に必要な情報があると言っていました。運転士の指示に従って、指令を出したことがあるとも。すごい影響力です。ともするとトップダウンになりがちな、運輸会社の運行管理。でも現場からの影響力のおかげで、より質の高い意思決定が行われることがあるのです。

 彼(この運転士)の場合は、システムの全体を理解していたことがカギを握っていました。私たちのチームでも同じことが言えるはずです。メンバーにシステムの全体を理解させることが、チーム内の双方向の影響力を高めます。でも必ずしも今のチームはそうなっていませんね。メンバーの役割に関する情報しか与えない。だから、復旧に時間がかかっていることも多いでしょう。

 情報共有が進み、安全や品質、顧客満足、コストの削減など、多くの結果を得ることにつながると期待できます。今のチームの状況はどうでしょう。もっと情報を共有しメンバーの影響力を高めたほうがいいかもしれませんよ。

2017年12月16日土曜日

サプライヤーの影響力

 近年、神戸製鋼、東レ、トーヨーゴム、旭化成、といった日本のすばらしい物づくりの会社が、実は品質データを改ざんしていたことがわかりました。シートベルト最大手のタカタは、エアバックに起因する死亡事故をきっかけに今年破産。20年前自動車メーカーに勤めていたときに、タカタのチャイルドシートが他社の製品に比べて格段に優れていたのに感心したのを思い出すと、残念な気持ちです。

 これらの会社に共通するのは、納入業者であることです。対して完成品をつくっているのは、自動車メーカー、航空機メーカーや不動産会社など。トヨタやホンダ、パークシティなど自社のブランドで売っています。一方、納入業者の製品は、ユーザーからは見えない場所でひっそりと、でも確実に優れた仕事をしてきました。日本のブランド品のみならず、海外の製品、例えばiPhoneやBMWにだって、日本の名も知られていないよく働く部品が組み込まれ、ブランドを支えてきた。そのような優れた部品、部材が日本の物づくりの強みです。

 「影響力の法則」を考えると、私はここにも「影響力の欠如」があっただろうと思います。

 先日あるエレクトロニクス製品メーカーの方と話をしていたときのことでした。その会社は完成品メーカーとある移動体システムを共同開発しています。完成品メーカーが発注者で、エレクトロニクス製品メーカーが協力会社です。このような場合、協力会社は一部分を担うだけ、発注者の指示に従うのみになりがちです。メーカーの方は、結果協力会社側はなにか問題があるとわかっていても、はっきりと言えないというのです。費用の削減をいわれたら反論できない。問題の解決には費用がかかるのに、それを要請できない。やがて大きな問題になるのではないかと心配されていると、その方は打ち明けてくれました。

 これは協力会社からの発注者に対する「影響力の欠如」の問題です。

 協力会社、サプライヤーのメンバーが、問題を知っているのに指摘しないのは、一種の手抜き、エージェント問題です。原因は発注者にだけあるのではなくサプライヤー側にもある。そして責任を取らされてしまうのは、一連の事件の結末のようにサプライヤー側ということになるのです。

 このエレクトロニクス製品メーカーでは、今後問題が発生する懸念から、多くのエンジニアに「影響力の法則」を学ばせようとしていました。

 「今や、現場の専門職に「影響力」は不可欠になっている」。彼らとの出会いであらためて確信しました。

2017年12月12日火曜日

専門家のプライド2

 人事マネジャーの方には、ステークホルダーを特定するようにアドバイスしました。このケース、「働き方改革」を進める上で、新しい人事制度の導入は必須です。これまでの長時間勤務を前提としたマネジメントでは、優秀な人材を惹きつけることは困難です。新制度の導入は、実質的に役員会で決まります。それには営業本部長(常務執行役員)の同意が欠かせません。しかし、現状で同意を得るのは難しそうです。本部長ははっきりと反対の姿勢を示しました。

 目標は、新制度の導入に役員会の同意を得ることです。ここではまず営業本部長の同意をめざしましょう。本部長は新制度のユーザーであり決定を左右する力を持つ関係部門のトップです。導入の重要なステークホルダーです。他のステークホルダーとしては、

 社長     スポンサー
 管理本部長  上司
 他の役員   関係部門のマネジャー

 役員会にはこのような重要なステークホルダーが顔を揃えます。しかし、「これらのステークホルダーに影響をおよぼすステークホルダー」がいることを忘れてはいけません。

 OB     かつてGMやJALの経営再建の際、退職者の同意が必要だったことがありました。その場合は企業年金の削減が課題だったわけですが。
 従業員   ユーザー
 他にも、労働基準監督署や契約社会保険労務士、弁護士など関係してくると思われます。でもこのような外部の人たちはいったん置いておいて、従業員とOBのことを考えてみましょう。

 長時間労働の否定は、従業員にとって負担軽減という利点があります。家族との時間を増やせるかもしれない。新しいことにチャレンジするチャンスかも。そのような可能性がひろがるところが、大きな利点です。
 しかし、ネガティブな側面もあります。これまで慣れてきた仕事の仕方を変えるのは、努力が要りそうです。実際、残業しなくなった分、夜の街を徘徊しているサラリーマンが増えているといわれています。習慣はそう簡単には変えられないのです。
 もっと大きいのは、お客との関係です。これまででも時間が足りなかったのに、客先を訪ねる時間をどうやって作ったらいいのでしょうか。ライバルに出し抜かれてしまえば、取引先を失うかもしれません。そして、実際的なこととして、残業代は減ることになるのです。
 実はOBも同じです。これまでの働き方を否定されたと思って、後輩に不満を言ってくるものもあるでしょう。そんなOBの愚痴が、現役に不安を感じさせるかもしれません。とはいえ、OBの影響は格段に小さくなっているはず。こちらも、「あるかもしれない」ぐらいでよいでしょう。

 問題は、従業員です。おそらく営業本部長は、そのような部下たちの不安を感じています。いってみれば、本部長の反対は、部下を代弁している部分も少なからずあるはずです。経営幹部とはいっても、実際の業務を動かしているのは部下の多くの従業員です。彼らが納得しなければ、現場は優れたパフォーマンスを発揮しない。優れた幹部はそのことをよく知っています。だから部下たちから強い影響を受けているといっていい。

 この会社の場合は、営業部門の強さで会社が成長したのです。営業には長く培ったノウハウが蓄積されています。ここの営業担当者は専門家としてのプライドがあります。そのような部下たちのプライドを理解している本社スタッフの話でなければ、聞く気にもなりません。本部長自身がそんな専門家のトップなのですから。

 人事マネジャーに耳打ちしたのは、次のようなカレンシーを使うことでした。
①営業が会社を発展させてきたという功績を認め、感謝する
②これまでの営業の苦労に耳を傾ける
③現場を預かる本部長が、部下の気持ちに配慮していることに敬意を示す
④しかし、これから人手不足となり、同じようにはできなくなっている。今こそ変えるチャンスだと訴える
⑤必ず、部下たちは感謝してくれると太鼓判を押す
⑥人事マネジャーが自ら現場に説明する、と約束する
⑦問題が起きたときは、必要なサポートをすると約束する
⑧他に懸念がありそうだったら、よく聞く

 果たしてこのケース、営業本部長は次回の役員会で反対せず、新しい制度は役員会で同意が得られ導入されることになりました。やはり、本部長の懸念は部下たちが誇りを失い、風土が荒れてしまい、業績が低下することだったのです。

 どんなに優れたプログラムでも、懸念を感じている人は導入を反対します。その懸念に耳を傾けようともしない人の提案が、よいとわかっていても同意することはできません。逆に、理解されたとたんにあなたの協力者になるかもしれない。人の心は面白いものです。

 あなたのプロジェクトに、もし反対者がいたら、その周囲の人たちのことも考えましょう。カレンシーを見つけるチャンスがあるかもしれないのですから。